2018年6月7日木曜日

【離島ミニ散策】 瀬戸大橋の足元にある島。与島探検 (前編)

◆ 与島へ。

これらは香川県の離島ツアーの前日に、下見の感覚で見に行った与島のレポである・・

与島は瀬戸大橋の中間あたりにある離島で、今は大橋の橋脚の台座となっている小さな島。
人口は115名ほどで、近年も人は減り続けているから今実際に島に住んでいる人は100名にも満たないかもしれない。
この島が特徴的なのはなんと言っても昭和63年に開通した瀬戸大橋の橋脚の土台となっている島だということで、北にある岩黒島や櫃石島とともに大橋から渡っていける離島の一つで、与島はその中では一番アプローチがしやすい島なのではないかと思う。

今回ここに来てみたのは、実際に与島の郵便局にはどこまで車で行けるのかということと、どのような道をたどれば最短で行けるかということの確認のためです。

まず与島の構造なのですが、、
島の西部を瀬戸大橋が通過しており、かなり多くの面積を占有している与島パーキングエリア。その傍らに穴部という南向き斜面の集落。さらにその東には東に海へ開けた形で浦城 (うらじょう) という集落がある。あと、北の谷間の部分に塩浜という地区があり、ここに中学校がある、という感じである。
郵便局は浦城の集落内にある。


与島パーキングエリアは瀬戸大橋のある瀬戸中央自動車道を経由しないと辿り着くことが出来ないため、パーキング自体は無料だが、いくまでに通行料が取られる。
最短は岡山県側が児島IC、香川県側は坂出北IC。


◆ 与島まで車で行くときのお値段は?

参考サイト:本四高速 料金検索
http://www.jb-honshi.co.jp/customer_index/guide/ryokin-search/rate2014-d.html

通行料金はETCが有ると無いとでは大きく違うが、普通車は平日1700円、休日は1650円。
4月の夜中(土曜日)に坂出北から渡った時は2000円以上払ったような気がするが、あれは気のせいだったのだろうか? 今回は確かに1650円くらいだったように思う。
休日も平日もたいして料金がかわらないが、郵便局へ行くとしたら平日料金ということになるだろう。

香川県の方は坂出ICと坂出北ICという2つのインターがあって、坂出ICから乗ってしまうとちょっとだけ高い料金なるので要注意だ。

では、これが与島にもっとも安く行ける料金かというとそうではなくて、与島PAでとんぼ返りする場合の料金というものがある。


これは児島ICから入って与島PAで折り返して児島に戻ったときの料金。
普通車は790円である。
(追記) 与島までの片道料金なので、児島に戻ると倍の1580円 (平日・ETC) が請求額です。


続いてこれは坂出北ICから与島PAでとんぼ返りしたときの料金。
普通車で910円である。
(追記) 与島までの片道料金なので、坂出北に戻ると倍の1820円が請求額です。 

つまり児島から行って戻った方が安いということですね。
与島PAはもともと観光地という位置づけもあったので、橋を渡らずに折り返して戻れるような構造となっています。PAに入るときと出るときにゲートをくぐっているので、そこで入ったICがどこなのかを管理している模様。
香川県坂出市の島なのに坂出よりも岡山からの方が安くいけるというのが分かったところで、公共交通機関の料金について調べます。


◆ 与島までバスで行くには

与島は大橋が開通した年から定期船が無くなり、陸路によるアプローチにシフトしました。
与島へは岡山・香川双方から乗り入れるバスがあり、北が下電バス、南が琴参バスの共同運行路線となっていますが、系統が2つに分かれています。
下電というのはその昔、瀬戸大橋が架かったあと少しくらいまで児島を走っていた下津井電鉄のパス部門ですね。
与島へ車以外で行くにはこれを使うしかないわけです。

しかし、どちらから行くにしても1日7便しかない中から郵便局の開店している時間を狙って行かなくてはならないわけでこれがけっこう面倒です。

http://www.kotosan.co.jp/rosen/setooohasi/index.html
これが琴参バスの時刻表です。
初見ではなかなか理解しづらいので図にしてみました。



この2つの系統が一見すると一本になっているように見えてしまいますが、 瀬戸大橋FWと塩浜というバス停で接しているだけで、それぞれ別個で動いています。

瀬戸大橋FWというのは 瀬戸大橋フィッシャーマンズワーフ 2011年に本格的に潰れるまではそういう観光客向け施設がありました。初見ではこの瀬戸大橋FWという謎のバス停と塩浜がどこにあるかがわからなくて、どこで乗り換えればいいのかと不安になってしまいます。

いちおう、わかるようにさっきの地図に位置を書いてみました。
瀬戸大橋FWの位置に大きな建物があるように描かれていますが、今は何もありません。
(これについては旅の最後に触れます)
塩浜はその近くにある住宅地。
郵便局のあるのが浦城というところで、ここまでバスが入ってきます。

与島で注意しないといけないのは一般車は与島の集落には進入できないというところで、PAから集落に向かっていくと途中にゲートがあって、専用のチケットを入れないと遮断棹が開きません。これは地元民とバスしか開けられないので、一般車はPAから徒歩でいくかバスで行くことになります。

さきほどの時刻表に戻ります。

坂出駅前を 7:45に出たバスは、浦城に8:12に到着します。
郵便局が開くには少し早い気がしますね。

では児島駅前からはどうか。
7:50児島駅を出たバスは、8:25に瀬戸大橋FWに到着します。
バスはここから先へは行ってくれないので、ここから郵便局まで徒歩で行くしかなくなります。
ただ、今回歩いた感じですと、のんびり歩いても9時にはきちんと間に合うと思います。


◆ 与島からバスで脱出するには

与島からの帰りは、坂出駅前方面の場合、浦城を9:45に出て、駅前へは10:13という便があります。
岡山方面へは、また瀬戸大橋FWの方まで歩いていきます。9:55出発で児島駅前は10:30です。
児島駅前まで行かなくても鷲羽山北というバス停で乗り降りする方法もありますが、場所がちょっと分かりづらい。


地図で見る限り、この倉敷大畠郵便局から西へ向かったところにある、高速道路の下をくぐる道路から脇道に入っていくとあるようですが、バス停のところに若干車が駐められるようです。
実際に現地を確認したわけではないですが、駅前に止めるとお金がかかるという人はここからでもいけるということです。

とりあえず、一局目に行くのであればこれで問題ないと思いますが、通常は櫃石島も同時に寄りたいと考えると思います。実は櫃石に寄ることを考えてスケジュールを組むと9時台のバスが行ってしまったあと3時間ほど便がないため、非常に時間がかかるのです。

ですから、与島までは車で行き、与島の駐車場に車をとめておいて、バスで櫃石を往復すると良いと思います。


◆実は車で無理矢理乗り込める櫃石島

櫃石島は与島と同じく大橋から坂道を下りると島民専用ゲートがあるのですが、大橋からの進入口から先は一般車乗り入れ禁止といいつつ、実際には間違って乗り込んでくる人のためにUターンして戻れる構造になっているそうです。


このゲートのあたりに櫃石島のバス停があるのですが、なんとこのバス停のところに車を駐めておいて郵便局へいくという裏技をやってのけた人がいるとの情報が・・・。
しかし、ゲート付近に車を駐めておいていいわけが無いのでこれは忘れてください。

では、与島からバスで櫃石に行って戻ってくるスケジュールはというと・・・。

  塩浜発 8:31 ⇒ 櫃石着 8:45, 櫃石発 9:34 ⇒ 塩浜着9:47

「櫃石」 と 「櫃石島」 のバス停は別物で、バスはゲートを越えて櫃石島のまっただ中へ進入してまたゲートのところへ戻ってきます。せっかくなので郵便局に近いバス停まで行った方がいいと思います。
これで進めば、与島の塩浜について、歩いて坂出与島郵便局へ行って戻れば10:30くらいになるんじゃないでしょうか。試してないのでわかりませんが― やってみた人がいたら感想教えてください。


◆ 与島PAから第2駐車場へ

前置きが長くなりましたが、 実際のPAに行ってみることにします。
天気が良すぎてどこを撮っても画になるこの景色。
ちなみにこの大橋の見える広場の外周に遊歩道があって、そこを歩いていくと穴部の集落に潜り込むことができますが、 今回は行ってません。
穴部の集落は立体的で、道順が複雑なので辿るのは難易度が高いと思います。





PAから大橋に戻らずに第2駐車場へ向かう道があるので、看板に従ってそちらへ移動します。



 こちらはさっきの駐車場に比べて何もない感じの第2駐車場


駐車場の回りは車止めが打ち込まれていて、集落内の道路が目の前にあるにもかかわらず車輌の進入は出来なくなっています。
この隅っこにとめてある車の人は与島に家のある人ですが、ゲートから入る権利がないのか、この駐車場からキャリアに荷物を載せて移動していました。



位置としてはココ。
大きな駐車場に見えますが、半分くらいは封鎖されています。
ここはかつて瀬戸大橋フィッシャーマンズワーフがあったところで、そのための駐車場だったようです。しかし今、そのフィッシャーマンズワーフの土地は、半分が太陽光パネル、残りは草が茫々の荒れ地と化しています。



さてこれから与島の内部へと進入していくことにしましょう。

後半に続きます。。

2018年6月6日水曜日

【局めぐり記】 宮崎平野縦断の旅 日向編



■ 寝不足スタートの宮崎県局めぐり2日目

延岡から南下をしていった1日目とは打って変わって、計画では、2日目は都城近辺を回って鹿児島県に乗り込もうという計画でいたが、諸般の事情により19時頃までに宮崎市内に入っておかないといけなくなったので前日の続きのようなルートを往くことになった。

諸般の事情というのを一応説明しておくと、帰りにフェリーで宮崎を離れるときに払う運賃をケチるためにいろいろと考えたところ、マリンカードというものに入っておくと2割引になるということで、これに入会するためには出航前日までに事務所で手続きをしないとしけないが、19時にフェリーが出たら事務所も閉めるので、それまでに来てくれと言われていたため。
1日目、なんやかんやで宮崎市内に着いたのが夜中になってしまったので手続きがまだ出来ていませんでした。

ちなみに事前の予約で割引価格で買えるということになっていますが、GWの便は早いうちから取られてしまうので、割引セールはあてになりませんし、JAF割引で1割引というのも、GW中は期間外となるので使えません。事前に電話で質問しまくって情報を固めておいたので間違いないです。

さて、この日の計画としては、朝早くに西都市から山を越えて渡川というところに向い、そこにある渡川簡易郵便局をスタートにする予定でした。・・・が、朝から例のごとく腹をこわして蹲っていたのに加えて、3時間しか寝てないという状況になってしまい最悪のスタートとなってしまいました。

瓢丹渕郵便局を越えたあたりで、こりゃ9時に間に合うわけねーだろということになり行き先を変更。
国道219号線をずんずんと山に分け入った先、西米良村というところの村所郵便局からのスタートとなった。

1局目 村所郵便局

ムラドコだと思っていたらムラショと発音するという。村に2軒しかない郵便局の一つ。
国道から少し脇道を入った先にあるので、郵便局に用事がなければ存在に気づかないような所にある。向いは福祉施設か何か。周りにはいくつか商店のようなものがあるのでささやかながら村の中心地になっている。
西米良村はかつては山村僻地そのもののような所であったが、熊本に向かっていく国道沿いに位置しているので道路は一定の交通量があり、それほどの僻地感はありません。


一ツ瀬川ダムのほとりにある越野尾郵便局に寄って、しばらく進んだ所にある長いトンネルを抜けると、左折して銀鏡方面に向かう道路に入ります。

3局目 銀鏡郵便局

銀鏡と書いて 「しろみ」 と読ませる独特な読み方が印象的な郵便局。
さっきのトンネルの分かれ道から10キロくらい何もないクネクネ道路を進んだ先にある小さな集落にそれはある。序盤からなかなかハードな道のりだ。

この銀鏡という地名の由来には神生みの国・日向らしく、神々に関わる地名伝説がある。
地名に関わる部分だけ着目してみると、神が放り投げた鏡が山の途中の大杉に引っかかり、その鏡が集落を白く照らしたから銀鏡という地名になったとかなんとか、簡単にまとめるとそういうような話です。この地には銀鏡神社があり、ここに白銅鏡が祀られているのはその伝説との繋がりでしょうか。
ところがどうも鏡を放り投げてから先の物語は記紀には記されていないオリジナルストーリーらしく、地名のために無理矢理作った感がアリアリな気がします。
もともとあったシロミという地名に曰くありげなように銀鏡の字を当ててるだけじゃないかと。

シロミという地名がいつの時代から使われているのか、調べてみないと分かりませんが、シロという言葉の意味するものは 「城」 か 「白」 か 「後」 のいずれかしかないわけで、 京都の山城などは山が後ろにあるとか、そういう程度の意味なんですが、ここの場合はおそらく「白」の方でしょう。ちょうど一ツ瀬ダムでは湖水の濁水問題があって、随分と対策に苦慮しているらしいのですが、これはこの辺の土壌が沈みにくい粘土の層になっているせいで、ダムに流出する土砂が沈殿せずに水面に拡がってしまうのが原因のようです。ということで、川の水が白く濁って見えるからという説を思いついたのですが、銀鏡に関する文献など探ればもう少しまともなことが書いてあるかもしれません。

さて、銀鏡郵便局に寄ったあと、元来た道を引き返して西都市方面に下るつもりだったが、郵便局の前の道を北へ抜けていくと、当初スタートにするはずだった渡川に辿り着くことができるのだ。
ここでどちらに行っても次の局までは長い道のりになるのだから渡川に抜けるという選択肢もあるのである。
唯一気がかりなのは、渡川方面への道がかなり狭そうなのです。そのことについて局長さんに訊いてみたところ、車で20分もあれば渡川に行けるということと、1週間前に通ったけど普通に抜けられたという証言が得られました。
そこで、そんな程度ならいっそのこと最初の計画通りにいってしまえということになった。



集落が谷沿いにしばらく続いて、最後の民家を過ぎるとひたすら続くカーブだらけの山道。
車がギリギリすれ違えれるくらいの幅はありますが、局の人の話がなかったホントに抜けれるのかどうか不安になるような道路。
20分で行けるというのは、にわかに信じがたい話であったけども、どうせなら20分で行ってやろうじゃないか、こんな山道、眠気覚ましにちょうどいいわいとばかりにアクセル全開で山道を突進していきました。幸い対向車も全くなく・・・。

そして、辿り着いた五郎ヶ越のピーク地点。


切り通しの合間に突如現れたる看板には 「百済の里」 という日本語とともに異国の文字が。
Kudara no Sato
백 제 마 을

なんでハングルがこんな日向の僻地に・・・
百済の里ってどこだよ・・・

そしてよく見たらこの先26kmという途方もない先を示している看板で、本当にどこのことを言っているのか見当つきませんが、こんなところに観光にやってくる韓国の観光客がいらっしゃいましたら、こんな辺鄙な道は通らない方がいいと言っておきたいです。

 4局目 渡川(どがわ)簡易郵便局

渡川の集落にようやく着いて、しばらく谷沿いに下っていくと真新しい局舎の郵便局が現れます。
結局、銀鏡からここまで30分以上かかっており、途中の道はかなりすっ飛ばしていたので、のんびり来たら50分くらいはかかってしまうんじゃないでしょうか。

局内は若い局員さんが待機中。
あとで知りましたが2001年に移転しているので、そのときからやってる人だと思います。

山間渓谷の限界集落に近いような地区ですが、郵便局の建物はとてもキレイ。
そして郵便局の隣にはプレハブ小屋の仮設店舗のようなものがありました。
(写真の左に写っている小屋のような建物です)

局長さんに聞きましたら、まぁ酒屋ですねーという回答があったので酒屋なのでしょう。
吹けば飛ぶようなお店とはこういうものを言うのだろうか。しかし、酒屋にしては開放的なので、地元民の酒飲み場にもなっているのかもしれない。この郵便局の前で連日酒盛りが行われているのを想像すると楽しい。



そしてこちらが移転前の局舎。
今は「文(ふみ)ちゃん」という名のホルモン焼き屋になっているという局長さんの証言を得て、道すがらなので立ち寄ってみたところすこぶる年季の入ったこの外観。

こんな山の集落にホルモン焼きというのも驚だが、入口の庇なんかはボロボロに崩れていて、ほとんど閉店しているんじゃないかと思えました。しかし近づいて店内の様子を見てみたところ、内部はこぎれいにしているので、確かに営業はされているんじゃないかと思われる。

なお、渡川簡易郵便局はかつては特定局だったらしいので、この建物はその当時から使われていたはずです。



5局目 神門(みかど)郵便局

ここもなんだか神々しさの表れた地名で日向の国らしいといえばそれらしい。
待合のところにはいくつか本が並べられていて、田舎の不要な土地は売り手がつかなくなる前にとっとと処分すべしという論旨の文庫本なんかが置いてあったりして思わず読みこんでしまった。
田舎の土地はさっさと捨てて町へ出よということか。

6局目 坪谷(つぼや)郵便局

神門郵便局から16km。11時にしてまだ6局目というのはスローペースじゃなくて、とにかく局間距離が長いから。前述の通り3時間しか寝てないので、途中で眠気が襲ってくるのを必死にこらえていたのだ。

この坪谷という地区は歌人の若山牧水という作家の生まれ育った土地であるらしく今も当時の実家が残っている。
若山牧水という名前は以前から知っていたのだが、短歌じゃなくて俳句の方だと思っていた。
たぶん山頭火あたりと混同していたのではないか。まぁその程度の知識しかないのだ。

牧水は明治の時代に早稲田に入るくらいのボンボンなので、それなりに立派な家柄に違いないのだが、実家はどこの田舎にもあるちょっと大きめの屋敷程度のものなので、言われないと気付かずに通り過ぎてしまうかもしれない。しかし、明治時代のお屋敷がそのまま現代も残っているというはなかなか凄い。
あと、郵便局の中の展示に牧水が中学だか尋常小学校だかの時の成績表の展示があったような記憶があるが、時に目立った成績ではなかったように思う。


7局目 山陰(やまげ)郵便局

坪谷から東へ進むこと11km。山陰と書いてヤマゲという印象的な名前の郵便局。
ここまでくるとかなり町っぽくなってきて、車通りも激しくなってきました。

さきほどの坪谷と、この山陰地区は今をさかのぼること300年以上前に 「山陰・坪谷村一揆」 という一大騒動のあった土地。元禄時代なので相当昔のことではあるが、その当時このあたりで数年にわたり災害や不作が続いて飢饉が発生し、ついには村人一同が村を捨てて薩摩目指して逃散 (ちょうさん) するという事態が起こったというお話。当時は村を捨てて余所に行くというのは大へんな叛逆的な行為でだったのだが、この当時にして1422名という大群が藩を捨てたので大騒動になり、彼らは隣の高鍋藩にしばらく食わしてもらいがらも延岡藩に戻ることを頑なに拒絶したので、最終的に幕府の裁定で、首謀者一同が処刑、村の代官は罷免、延岡藩の殿様は糸魚川に転封 (てんぽう) となる形で決着が図られらしい。そして、以降これらの村々は天領となったとのこと。

江戸時代というのは、基本的に藩の領域で世界が完結しているので、隣の領民が飢えに苦しんでいようとも助けることはなく、難民がなだれこんできたら領民が暴力的に追い返してしまうような非情な時代なのだが、こういう人たちを食わしていた高鍋藩というのはなかなか寛大な殿様がいたのだなぁと思う。
あの米沢で飢饉状態の民衆を救ったとして名君の誉れ高い上杉鷹山はもともとは高鍋藩の生まれで、おそらく高鍋の先祖代々のこういう性格というか美徳の血が彼には流れていると思うのだが、かつて関ヶ原で敵対していたはずの上杉に養子に出されているのはどういう経緯なのかよくわからない。
いずれにしても西日本の片隅で起こった事件が、のちに東北の米沢の民衆を救ったことに繋がっているのは面白いと思う。

■ 日向市郊外をぐるっと回る
話を局めぐりに戻して、8局目の塩見簡易郵便局からはいよいよ日向の市街地に入る。
前日に日向市の北部分を制しているので、今日は郊外部の残りを攻めて県北部を制圧していくという完璧な計画をここまでの行程上で立てていたのだ。



12局目 細島郵便局

日向国の古くからある港町で、今でも宮崎の重要な港湾地区。
細島といっても埋め立てが進んだせいで島ではなく地続きとなってしまっている。
かつては宮崎カーフェリーも入港していたものの、今は宮崎港の方に入港してますね。。
郵便局のあるあたりは古い商家風の建物が残っており、風情のある町並みが続いているが局舎はそれらとはあまり合わないコンクリート作りのものになっている。
ちょっと集配局風。それにしては建物の容積が小さい気がしますが。



13局目 伊勢ヶ浜簡易郵便局

伊勢国から来た者からしてみるとなぜここが伊勢ヶ浜と言われているのか、大相撲の伊勢ヶ浜親方の名前の元ネタってここなのだろうか、ちょっと気になるところ。
細島からこの郵便局の前を通って南方へ突っ切っていく道路は、交通量の割に中央分離帯などもあったりして無駄に立派なのですが、どうやらかつては有料道路であったらしい。
細島側から行くとこの中央分離帯のせいで、いちいちUターンしないといけないので面倒でした。


14局目 岩脇郵便局

塩見川を渡ると日向市街からも外れて海岸沿いに国道をひた走ることになります。
岩脇郵便局は国道沿いにありますが、駐車スペースがまるでない古いタイプの郵便局で、局内の雰囲気も40年前から時間を停止しているかのような空間だった。


15局目 幸脇簡易郵便局

さっきの局が岩脇ならこちらはサイワキという郵便局。
耳川を渡る手前で国道から脇道に入らないと辿り着けないので注意が必要です。
局の向いのリフォーム屋から関係者がやってきたので、そちらのお店の人が受託しているんではないかと思います。



16局目 美々津郵便局

美々津は、かつては耳津も書かれていた古い港町で、耳川の河口にある風光明媚な土地。
若山牧水が生まれて初めて海を見たのも美々津だったといいますが、今でも当時の繁栄を思わせる町並みが拡がっています。郵便局はかつてはこの町並みにあり、今でも当時の建物が残されています、今は高台の国道沿いにあるのでわざわざ旧道までおりていかないとこの光景を見ることは出来ませんが、なかなかの雰囲気なので寄っておくことをおすすめします。

ここからはいよいよ国道沿いを一本筋に郵便局が並んでいるので、流れるような局めぐりが可能。
東都農郵便局は国道沿いにあるのですが、ぼーっとして通り過ぎてしまい100M先から戻りました。都農郵便局は国道から少し東方向、都農駅に向かっていくとあります。このあたり日豊本線は段丘の下を走っており、丘の上にある国道からはかなり離れた位置にあります。
国道を走っていても鉄道は全く見えず、あたりは畑か林ばかりで北海道を走っているような気分になります。都農町にはかつてリニアの実験線がありましたが、結局宮崎にはリニアどころか新幹線が走る気配もありませんでした。なぜこんなところに実験線を作ったのかというと、リニアの開発を主導していた人物が 「地方は素朴で親切」 ということで実験に協力を得られそうな自治体として提案したのが宮崎だったからだそうです。本当のところはもっと政治的なレベルで選定されてると思いますが、ちなみに山梨にリニア実験線を移転したのは石原慎太郎だったようなことも書いてあります。


19局目 塩付郵便局

畜産試験場などがある川南町に入って最初の郵便局。
すこし手前にいかにも旧局舎らしい建物 (写真上) があったので局員さんにきいたところ、確かに郵便局だった建物で間違いないとのこと。

20局目 川南郵便局

国道から少しだけ入ったところにある集配局。
小丸川 (高鍋町との境に流れてる河川) の北側にあるのになんで川南と言ってるのか最初よくわからなかったのですが、都農町との境に流れてる名貫川という小さな川を境にして南だから川南なのだそうで、ちなみに都農町は町全体が大字川北という単一の大字しかないのですが、この川北がまさに川南とのセットになっているそうです。地名のつけかたにやる気がないのはこのあたりがかつては無住の土地だったことに起因していて、近代に開拓団が入って開いた土地が多いためで、北海道っぽい雰囲気が感じられるのも当然といえます。

ここで14時となり、残り2時間となりましたが、国道をひたすら南下して沿線の郵便局に寄っていくというスタイルでどんどん局がのばせます。特に最後の1時間は6局回っているので相当なもんです。国道を走っていて思うのですが、宮崎の人は車をガンガン飛ばします。沿線のところどころにあるゆずり車線なる車線に入ろうとする車などおらず、軽トラもアクセル全開でして、後ろから煽られるまま走っていると肝心の郵便局にさしかかったところで曲がるタイミングを失ってアタフタしてしまいます。本当に北海道みたいな所だなーと思いました。

■ この日のしめくくりの郵便局は・・・


29局目 宮崎山崎簡易郵便局

この日、16時直前に辿り着いた局はシーガイアの近くにある郵便局でした。
海岸沿いの道路からほんの少しだけ脇道にそれたところに大きな文字で簡易郵便局と書かれていている建物を見つけるや、おもむろにハンドルを左に切って進めば、そこは何もない集落の外れ。


これは郵便局なのだろうか?
少し違和感のある外観だが、たしかにポストも看板もあるから郵便局には違いない。
入口の引き戸をガラガラを開けて中に入った瞬間に、この違和感が何であるかを理解した。
郵便局の窓口が居酒屋のカウンターそのものなのである。そして客用に置かれてるイスもソバ屋のカウンターなどでみかけるような和風の腰掛け。よく見ると窓口の局員の頭上には細長い棚のようなものがある。局長さんに訊いてみるとここは元焼鳥屋なのだそうだ。
ああ、あの長い棚はキープしたボトルを並べておくところか・・・。

しかしどうしてまたこんな場末の場末みたいな所に焼鳥屋があったのか。
まぁ、だからこうして潰れて、晴れて郵便局に生まれ変わったわけだが。

いままでいろんな簡易局に行ったけど、飲食店の居抜きというのはここと赤羽根若見くらいしか思いつかない。どちらも印象は強烈に残る。ぜひ訪問をオススメしたい。

そして、ここがどのくらい場末なのかということがわかるのが上の写真。

郵便局への脇道の目印となっているのがこのビデオ自販機 「こっそり堂」 である。
「こっそり堂」 について詳しく知りたい人は2017年に出版された 『全国版 あの日のエロ本自販機探訪記』 という本を見てみるといい。全国的に滅亡への道をたどっているビデオ自販機業界の中において、九州はわりと現存していることが多いのは、この 「こっそり堂」 の営業がせっせと九州を走り回っているからである。この店舗は上記の本には載っていないからまだ宮崎県内には見つかっていない物件が山ほどあるのではないかと思われる。

この薄暗い店内。独特のノリのポップ。素晴らしい。
いつの間にか貴重な存在となっているので、今のうちに回っておくといいと思う。
気付いた時には無くなっていると思うけど、たぶんほとんどの人には記憶にも残らない。
だからこそ、今のうちに見学しておくべきだと思いませんか。

店舗の片隅にはクタクタになったのぼりやら、ベルト(!?)やら、ゴミが散乱していて何もかも寂れていますが、この日の最後の局はなんだかとても印象に残りました。

ちなみに16時以降、県内で開店してるのは中央局だけなので、さっそく向かって貯金し、この日のトータルは30局で終了。


■ この日の局めぐり時間とか通帳とか
この日の所要時間のまとめ。
番野地のあたり時間かかりすぎてるのは、ちょっと寄り道してたから。
あとは高鍋で通帳を更新したくらいで、ほとんど寄り道なしで回っています。

通帳のハンコ画像。
この辺、というか、宮崎県内は絵入りのハンコを使っているところが少ないです。
この日の絵入りは日向郵便局のみ。


拡大してみました。

この絵の正体はなんなんでしょう?
今回いろいろと調査しましたが、よくわかりませんでした。

日向市のゆるキャラを検索するとヒョットコのようなもの (ヒョウ助というらしい) がでてきますが、それとも違うような気がする。そもそもキャラクターかどうかも不明。


■ あとがき

・・・というわけで、生まれて初めての宮崎県は2日目にして北方面をみっちりと訪問して回ったので満足でした。
一つ残念なのは行った当時、一時閉鎖中だった大貫簡易郵便局がどうも再開しそうなコト。いや、これは残念じゃなくてむしろいいニュースか。川南町の川南港簡易郵便局も当時貯金の取り扱いを中止していたが、のちに復活している。こちらもいいニュースだけど取りこぼしになってしまってんだから素直に喜べない。


また機会があったら行きたいと思います。宮崎。
こんな長い内容、読んでいただきありがとうございました。


2018年4月12日木曜日

香川県の離島局めぐりツアー 参加者募集中



◆ はじめに

長らくお待たせしておりました。
正月明けから動き始めてほとんど企画が決まっていながら正式に募集するのが今頃になってしまいましたが、前回の愛媛県・忽那諸島の企画から1年。今年も離島をチャーター船で回る企画を執り行うことになりました。
前回参加された方も、されていない方も大歓迎ですので、この機会に瀬戸内海の島々を一緒に踏破いたしましょう。


◆ 今回のコースは香川県の沖に浮かぶ10の島々

今回のコースの中心となる塩飽(しわく)諸島の島々は長らく行ってみたいところの一つでしたが、気付いたら瀬戸内国際芸術祭が終了しており、この期間に増便されていたであろう定期船に乗る機会も逃してしまい、私の中でいつしか忘れ去られた所となっておりました。

しかし、前回の忽那諸島ようにチャーター船という方法を取ればなんとか回れるだろうということで、今年は香川県を舞台にしてツアー企画を行いたいと思います。

今回のコースに含まれるのは10の島々と10の郵便局。
定期船で行く島もあれば、バスでしかいけない島もあってアクセスは様々。便数が少なかったりダイヤが利用しにくかったりと、一日で回るのはせいぜい3つくらいまでなのですが、これらは一網打尽に一日で回ろうという企画です。

◆ 今回の企画のアピールポイント3つ

1.一日では訪問できない10島10局を一日で回り切る挑戦的なコース。
2.瀬戸大橋を下からくぐれる貴重な体験ができる。
3.アクセス便利な高松港出発。

1については前述の通り、本来は3日かかっても回れるかどうかという離島局を一気に回れるので、時間と気力の節約になります。費用的な面からいってもほとんど変わらないと思いますが、これについては機会があれば解説したいと思います。
いずれにしても香川県は郵便局数が少ないので離島部の訪問が済めば、あとは県内全局制覇も半分終わったということになります。

挑戦的というのは、今回のスケジュールがけっこうハードだということと、100km越えの海路を航行するということもあり、ある程度船に慣れた者ではないときついかもしれません。

2については、瀬戸大橋をくぐるコースの定期船というのは実は無くて、 瀬戸内海を航行する長距離フェリーも大橋のあたりは夜間に通過するので、昼間にくぐれるのはチャーター船ならではないかと思います。

3については、今回のコース、観音寺・高松どちらからスタートしても良いのですが、観音寺港が駅から離れていること、宿泊施設が限られていることから高松をスタートとしています。
高松駅周辺に宿泊施設があるので、船着き場まで歩いていけますし、岡山や神戸方面から船で乗り込むこともできます。特に神戸港発のフェリーは深夜1時に出てて朝5時過ぎに着くので前泊の必要がないし、夜行バスの発着もあるし、高松空港から来るバスも基本的に高松だけとなっています。帰りは観音寺となりますが、一時間ほどで高松にも岡山にも移動できるので何とかなるでしょう。

ちなみに今回は高松港に戻るまでがコースに含まれていますが、観音寺で解散したあと、高松まで船に乗っていくことができます。3時間もかかるのでさすがに居ないと思いますが・・・。


◆ 航行コース


http://postal.kiramori.net/routemaker_map.php?id=87
クリックすると詳細マップ表示
     高松港 ⇒ 女木島 ⇒ 男木島 ⇒ 大島 ⇒ 櫃石島 ⇒ 与島 ⇒ 本島 ⇒ 広島 ⇒高見島
    ⇒ 粟島 ⇒ 伊吹島 ⇒ 観音寺港 (解散) ⇒ 高松港


◆ タイムスケジュール
 
男木島簡易郵便局の開局が9時30分、大島の千歳簡易郵便局の開局が10時であることを考えると、序盤の行程は女木⇒男木⇒大島になることは確定となり、女木島に9時前に着いておくことでなるべく時間のロスを少なくできるように高松を出発します。
大島のあとは塩飽諸島へとしばらくの移動。バスでしか行けない櫃石島・与島の2島、続いて本島・広島と回ります。この2島は桟橋から少し歩くことになります。
高見、粟島は桟橋の近くですが、最後の伊吹島は桟橋から遠くて、徒歩約9分とされていますが、15分くらいかかると想定しています。

タイムスケジュールは7・8人でやったときを想定しています。これは去年開催したときの実時間の具合を見てのことですが、だいたい一局あたりの滞在を20分で見ていて、桟橋から遠い所は少し加算したりしていますが、しかし、実際にはうまくいくかどうか五分五分じゃないかと思います。
今回のツアーでは定期船が4便しかなくて行きづらい伊吹島にはなんとしてでも行きたいのですが、時間に余裕を持たせるために1局を切らないといけないとしたら比較的アクセスしやすい粟島になると思います。
最後の伊吹島に45分までに着こうとすると高見島は少なくとも14時16分までに出ないと厳しくなるため、高見島を出るときの時間によっては粟島をショートカットすることも考えられます。今回のツアーに参加される方はそのこと何卒ご理解の上ご参加下さい。


◆ 開催日

今年は去年より少し早めですが5月21日にいたします。
これは航行するときに潮の流れが向かう方向にならないと速度が出ないためです。
夕方の伊吹で向きが逆になってしまいますが、28日にするとずっと逆潮になるので航行のパフォーマンスが出ないことなります。
画像は海保のサイトの潮流推算より


◆ 募集人数と参加費用
 
船会社にはチャーター船の見積もりが11時間で65000円。小規模業者で消費税はかからないためこの値段が全体の費用となります。この行程で11時間を超えても延長料金は発生しないとの回答もいただきました。また、 保険料については事業所単位で加入している為これについても不要。
参加費用は私を含む参加者の人数で割りますので上の表のようになります。

6人までは人数が増えることで費用がかなり変化しますが、7人目からはあまり変化がないように見えます。適正な人数としては6人でしょうか。

人数が多くなるとそれだけ窓口の処理に時間がかかることになるので、今回の参加人数は7人で締め切りたいと思います。

◆ チャーターでお世話になる事業者と船

ユアクルーズ
http://ycruise.net/

船は定員13名のクルーザーです。

ヤマハFR34 最高速力27ノット(49km/h) 巡航速力20ノット(37km/h)
http://ycruise.net/%e3%82%af%e3%83%ab%e3%83%bc%e3%82%b6%e3%83%bc%e3%81%ae%e7%b4%b9%e4%bb%8b/



◆ その他

・ 当日集合場所にこれる方ならどなたでも参加できます。
・ 入金以外にいろいろと長時間窓口で処理をされる方はお断りすることがあります。
・ 船酔いする方はたぶん大変なことになると思います。
・ 途中に食料を調達できる所はないため、昼食は各自持ち込み、船上で取ることになります。
・ 解散地の観音寺港から駅まで少し離れているので、タクシーを乗り合わせるなどして移動することになると思います。 私の車は高松に置いていく予定なので今回は駅までの送迎はありません。


◆ 問い合わせ先と締め切り

本サイトメールアドレス inukugiya@gmail.com
もしくは  https://twitter.com/inukugiya あてのDMにてお願いします。
とりあえず募集締め切りは4月末までとしますが、定員に達すると予告なく締め切る可能性があります。


◆ 今回訪問する島々のちょっとした紹介


【女木島】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E6%9C%A8%E5%B3%B6
めぎじま (めぎしま) 香川県高松市 人口168人 (2017年)
高松沖に浮かぶ細長い島。2000本の桜と瀬戸内国際芸術祭で展示された作品が多く残るので有名な島。桃太郎伝説の 「鬼ヶ島」 とされています。
郵便局は桟橋からちょっと歩かないといけないが、一局目なので9時前に着いておけばOK。

【男木島】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B7%E6%9C%A8%E5%B3%B6
おぎじま (おぎしま) 香川県高松市 人口163人 (2017年)
女木島の北に浮かぶ丸っこい島。島の緩い斜面に住宅を敷き詰めた独特の景観をもつ。
女木島に比べると定期船の本数が少ないので観光地としてはややマイナーな島。
郵便局は2016年の暮れに直営局ではなくなり簡易局化。今年に入って新局舎へと移転し、桟橋にますます近くなりました。

【大島】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E7%99%82%E9%A4%8A%E6%89%80%E5%A4%A7%E5%B3%B6%E9%9D%92%E6%9D%BE%E5%9C%92
おおしま 香川県高松市 人口60人 (2017年の施設入所者数)
庵治沖に浮かぶ小さな島。別名庵治大島。この島の経歴は特殊で、全島域が国立療養所大島青松園の敷地となっており、簡易郵便局はその療養所内にあります。
もともとはハンセン病患者の隔離病棟としての都合からこの離れ小島に作られましたが、平成8年に 「らい予防法」 が廃止され、入所者の病気も回復したため現在は高齢者の療養施設となっているようです。ハンセン病関連施設の郵便局は全国各地にあり、局名からは予測できないようになっているので、行ってみると施設内だったということがよくあります (東村山の青葉東簡易郵便局とか群馬の草津栗生郵便局とか何局かあります)



ここからは塩飽諸島の島々


【櫃石島】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AB%83%E7%9F%B3%E5%B3%B6
ひついしじま 香川県坂出市 人口236人
瀬戸大橋の橋桁の土台の一部となっている小島。この島は与島と同様に定期船でいくことができない島で、島へのアプローチは瀬戸大橋を渡る路線バスでのアクセスしかありません
香川県というよりも岡山県の方が近くて、バスで行く場合も岡山から行った方が近いと思います。


【与島】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8E%E5%B3%B6
よしま 香川県坂出市
櫃石島と同じく瀬戸大橋の下に位置する小島。良質な花崗岩の産地でかつては石材業で栄えており、大橋ができてからは巨大なパーキングエリアとフィッシャーマンズワーフという商業施設で有名に。しかしその後フィッシャーマンズワーフは営業不振で閉鎖されてしまい取り壊し。今はソーラーパネルが並んでいるだけになっている模様。この島のアクセスもバスが中心。いちおうパーキングエリアで車を駐めて歩いて集落内に行く方法もありますが、けっこう遠いです。

【本島】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%B3%B6_(%E9%A6%99%E5%B7%9D%E7%9C%8C)
ほんじま 香川県丸亀市 人口627人
名前からして塩飽諸島の中心ともいえる島。 古くは塩飽水軍の本拠地となったところで、島の北側にある笠島という集落はその面影を残す景観となっていますが、今回目指す郵便局は島の南にあるので残念ながら笠島は見られません。郵便局はなぜか中心集落からはずれた所にあるので桟橋から歩くことになります。


【広島】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E5%B3%B6_(%E9%A6%99%E5%B7%9D%E7%9C%8C)
ひろしま 香川県丸亀市 人口453人
香川にある広島というちょっとややこしい名前ですが、讃岐広島とも呼ぶそうです。
青木石という石を産する石材業の島で、今なお現役で採石しているので発破音が時折響き渡るという島。観光地的要素がまるでないというのが特徴で瀬戸内国際芸術祭でも会場にならなかったということからしてもかなり地味な存在。むしろそういうところが玄人受けしそうですが。



【高見島】
たかみしま 香川県仲多度郡多度津町 人口約30人
多度津港の沖に浮かぶ小島。なんとこの島はWikipediaにページがありません。
今回の寄港地の中では一番過疎が進行している島で、今年の4月で直営局ではなくなり簡易局化されてしまいます。むしろ今まで簡易局にならずにいたのは凄いと思えます。なんせ島内に商店が全く無いのに金融機関があるわけで、島で「商品」を売ってるのは郵便局だけの可能性があります。
島の南にある浦集落には古くて立派な民家が密集しており、独特の景観を成していますが、なんとそれらはすべて無住の家屋だそうです。

【粟島】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%9F%E5%B3%B6_(%E9%A6%99%E5%B7%9D%E7%9C%8C)
あわしま 香川県三豊市 人口330人
よく見ると三つの島が砂州で繋がって成り立っている独特の形状の島。
あまり観光地的要素はなかったのですが芸術祭の会場とんったことで一躍有名になったよう気がします。粟島郵便局の旧局舎を利用した漂流郵便局は、建物ごと作品になっていて 「宛先のない手紙」を受け付けてくれますが、平日はどうやら開いてないらしい・・・残念。



【伊吹島】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%90%B9%E5%B3%B6
いぶきじま 香川県観音寺市 人口633人
イリコ漁で有名な島。ここだけ他の島から離れてポツンと存在している島で、観音寺港から一日4便の定期船でいくしかないというけっこうアクセスの厳しい島。実はずっと昔から一日4便しかなかったらしい。島に張り巡らされた狭い道路と密集する住宅をかいくぐっていくと郵便局があるようです。


◆ ツアーコースの写真
チャーター船のユア・クルーズさんから写真を何点かお借りしました。